2024年 4月25日(木)
作成日:2021-01-25

底をついた貯金のために職場復帰! 不慣れな土地での就職活動

履歴書・職務経歴書のイメージ画像

中古物件の購入を実現するも貯金の大半を使い果たし、住み始めてからの3ヶ月間、住環境を整えるため無職のまま過ごしていました。

日を追うごとに今後の不安が募り、貯金が底を突く前に「仕事を見つけなければ」と一念発起。

今回は、移住後初となる就職活動そして採用されるまでの経緯についてお話します。

移住先では職種にこだわらない?

移住に踏み切れない方の多くは移住先での仕事への不安が大きな理由の一つではないでしょうか。
私もその一人でした。

しかし、就職を優先に移住を考えても進展がないことに気づき、もし求める仕事がない場合は「異業種のアルバイトでも食いつなぐ」という心構えに変わりました。

経験が活かせる仕事がベスト。しかし…

移住先の目途がたったころ、物件探しと共にこれまでの経験が活かせる仕事が近場にないか調べるようになりました。

「小規模のWEBサイト制作会社なら見つかるだろう」と考えていましたがそれも難しく、都心または東京近郊まで通勤するかフリーのエンジニアとして活動しない限り求める仕事はないだろうという結論に至りました。

前述にて「異業種の…」と書きましたが、私にもそれなりのキャリアがあり、それを棒に振って1から異業種に飛び込むことは勇気がいることです。

都心への勤務は最終手段

以前、移住先の条件として "都心が通勤圏内" と挙げました。
それは、エンジニアとしての技能を活かす場を確保するための『保険』であり、就職活動『最後の切り札』です。

移住して穏やかな環境を知ってしまった今、長時間満員電車に揺られ人混みの中を憂鬱な気分で通勤し続ける生活には戻りたくありません。

それを避けるためにも、悠長なことはいえず、非正規雇用を中心に近場での仕事を探していました。

思いがけない仕事が見つかる: 初の採用面接

住み始めてから3ヶ月が経ったころ、インターネット上に掲載されている求人情報を何気に眺めていた時、「これだ!」と思える募集を見つけました。

勤務地は2駅先。自転車でも通える場所にあるWEBシステム開発会社のアルバイト。

これまでの経験が存分に活かせる求人内容であるが、時給がかなり低い。
技術職でこの金額は初めて見たものの、郊外にある会社だと思えば納得もできました。

すぐさまネット上から履歴書と職務経歴書を送り、待つこと2日。
面接の約束を取り付けました。

面接室(和室)のイメージ画像

指定された場所は2駅先にある賃貸アパート。家族向けの物件を開発現場兼オフィスとして利用していました。

その1室。和室に案内され面接が始まりました。

代表である30代半ばの男性。都内のIT企業にてエンジニアとして勤務し、故郷であるこの地に戻り起業したとのこと。

互いの自己紹介を終え、各自の質問に移りました。

私の経歴を知るなり、「これできる? あれできる?」と立て続けの質問攻め。
腕には自信があったため、「できます」と繰り返し返答する中、違和感を感じていました。

更に続く質問の中、その言葉を遮り私から質問。
求人募集の内容とは異なる業務ばかり並べられたため、時給はどうなるか確認したところ「最大限考慮する、将来は正社員の道もある」と答えました。

これまでの経験上、その返答をした相手に対し "嫌な雰囲気" を感じ取りました。

それからは会話のすべてが苦痛になり思考停止。質問に対する返答も支離滅裂なものになりました。

不満であることが表情や言動に表れていたのでしょう。
後日、不採用の通知が届きました。

不慣れな土地では都合が良い "派遣"

派遣社員として現場復帰

近場でのアルバイトが不採用に終わり、気を取り直して就職活動を再開。

非正規で働くことが多いため、私は複数の派遣会社に登録しています。
そのため、都心部だけではなく首都圏内でも派遣先紹介数の多い1社に絞り集中して求人情報を収集することにしました。

郊外でも求人数はそれなりにあるものの、私の経験が活かせる仕事はやはり都心部に集中しており、近場でもスキルに関する条件が合わないものばかりでした。

このように情報収集すること数日。突然 "オススメ" に現れた求人情報が希望する条件に合致するものでした。

勤務地は5駅先。派遣社員は車・バイクでの通勤が不可であるため、最寄り駅からかなり歩くことになります。

しかし、それでも嬉しいことは時給の高額さ。
都内で勤務していたころよりも高額であり、派遣社員として得た時給では自己最高額となりました。

ただし、高時給の案件は求められるスキルも高いものであると容易に想像できますが、募集情報を見る限り私のスキルでも対応できるものでした。

近場での高時給案件。出来過ぎる内容でしたが "ダメもと" で応募。

数日後。社内選考を通過した旨の連絡を受け、面接へと漕ぎ着けました。

トントン拍子で進んだ面接

最寄り駅にて、営業担当者と待ち合わせ。
駅から勤務先までかなり歩くため、営業担当者と募集内容や環境について話しました。

最も気になった高時給について "直球" で質問したところ、以下のような背景がありました。

・WEBシステムに特化した新規事業を立ち上げることになった。

・郊外であるため高スキルのエンジニアが集まらず、結果として高時給になった。

都内の現場で腕を磨き、郊外に移住してきた私にとっては運命的なものを感じました。

歩きながら軽く私の経歴を伝えたところ、「スキル面では問題ない」とお墨付きをいただきました。

面接室のイメージ画像

勤務地に到着し、入口で臨時の入館証を受け取り面接場所へ。
案内された室内には採用担当者と現場責任者が待機していました。

軽い挨拶の後、席に着くなり私の職務経歴を伝え、それに対する質疑応答。

その後、今回の募集に至った経緯や将来への展望を語っていただき、雑談を交えた質疑応答。

時間にして40分ほどで面接終了。
私だけ別室にて待機し、営業担当者は相手方との交渉に入りました。

10分ほどして営業担当者が戻り、敷地の出口に向かう道すがら、営業担当者に「イレギュラーな業務が入るかもしれないが大丈夫か」と問われ、即答で問題ない旨を伝えました。

この日は勤務地を出たところで別れ、最寄り駅へ向かいました。

"ダメもと" で応募してからここまでトントン拍子で進んできましたが、面接では手応えが感じられず、次の求人募集に向け気持ちを入れ替えていました。

ところが翌日、突然電話があり営業担当者から「採用が決まった」旨の連絡をいただきました。

先方から「準備のため勤務開始は来月上旬から」という指示もあり、2週間ほど待機するとのことでした。

紹介1社目、しかも好条件の案件を得るということに『運』の良さを感じました。

祝・採用。それからコロナ禍へ

移住して約6ヶ月。土地勘もままならない状態での勤務。

非正規雇用(特に派遣社員)ではよくあることですが、募集内容や面接時に交わされた業務内容とは全く異なる業務ばかりが当たり前のようになっていました。

しかし、今回は高時給での契約であるため、それがモチベーションになり不満もなく勤務していました。

帰宅時は最寄り駅だけではなく、徒歩圏内である1つ先の駅を利用したり、日々違ったルートで帰宅したりして土地勘を慣らしていきました。
それが勤務後の楽しみになっていました。

開発環境のイメージ画像

そのような日々が数ヶ月ほど過ぎ、2020年初めごろから新型コロナウィルスによる世界的な感染が報道され始めました。

勤務地が郊外であるためか、危機意識の薄い社内でしたが、4月の緊急事態宣言から派遣社員の "雇い止め" が目立ち始めました。

私の契約期間は3ヶ月単位で更新されていますが、進行中の案件を1人で任されていたこともあり、4月期の契約は延長されました。

しかも特殊な開発案件であったため、自宅勤務ではなく電車による通勤が当然のようになっていました。

それから次回の契約更新までの期間、勤務先では正社員の突然の移動やボーナスの有無など、正社員の間でもコロナ禍による影響が出始めていました。

そのような中で迎えた7月期の契約交渉。
任されていた案件も一段落ついたため、次回の契約は打ち切り。

6月30日を最後に無職となりました。

世間の感染状況から次の案件を早急に探す気にはなれず、また探したとしても長期化するだろうと予想していたため、失業手当を受給しながら次回の就職活動は慎重に行おうと決めていました。

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